長い学生生活を終え、IT企業でSEをしてます。

業務以外の部分での会社での活動や社外でやっている活動、セミナー等に参加しての感想やレポート、思ったことや関心のあることを中心に綴っています。

色々な人に会っての気づき、感銘を受けた本、美術展や映画の感想等も不定期的に更新していく予定です。

コメントはお気軽にどうぞ。
ただし、承認制にしていますので、掲載まで時間がかかる場合もあります。悪しからず。
2012.08.13.Mon スポンサーサイト

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2011.12.23.Fri 復興支援ボランティアが会社公認に!

 私自身10月に被災地へボランティアに赴き、また社内的には事務局の活動にも一部関わっていた社内の復興支援ボランティアの活動が会社公認の活動として認められました。

弊社で被災地に行くボランティアの募集が3回に分けてあり、その3回分が一通り終わった時に参加者で集まって話し合った結果、多くの人が活動の場をこうして得られて良かったと思い、実際に現地を目の当たりにして継続支援を強く願ったこともあり、社内での活動の継続および拡大のために、社内公認の活動としようとなりました。

それから、報告資料の作成と社内承認を得るための今後のアクションプランを作成するグループに分かれての活動が11月いっぱいまで続きました。

実際に、社内の経営層にその提案を担当部署の方に出していただいて、無事承認が下りました。いくらか会社から経済的な支援ももらえることになったようです。
というわけで、来年も社内のボランティア活動に関わっていく予定です。

仕事では全然係わりのない社内の方々と一緒に活動できて、本当に楽しかった3か月でしたが、これからもまた一緒に活動できるかと思うと嬉しいです。
来年はもう少し時間をうまくマネジメントして、もっとコミットできたらなと思っています。

この活動についても、発信できる範囲でここに発信していこうと思っています。



2011.11.05.Sat 被災地にボランティアに行こう!

 今日、会社で同じ被災地支援ボランティアで岩手に行った人達で集まって、打ち上げをしました。
また現地に行くのか、それとも東京でできる被災地支援をするのかは決まってませんが、やっぱり行ってきた人たちは、これをきっかけにアクションを起こし続けたいと思っているようで、またそれを社内で展開できたらいいなと思っているようでした。

私自身もまた行く機会を作れれば、足を運んでボランティアしたいと思いますし、それは少し先になりそうなので、とりあえず東京でコンスタントに活動できたらなとも思っています。

被災地支援ボランティアはあくまで、個人のライフスタイルや制約の中で、できることをすればいいのだと思っていますが、それでももし、時間と少しのお金が捻出できるなら、一回は現地に入ってボランティアしてほしいと思います。

費用対効果でいうなら、現地に入って活動するより、たぶん今自分がいるところでできることをする方がいいのだと思います。
でも、現地での活動は実働時間は短くても、自分の目で現地を見て感じ、そしてそれが自分の中にしっかり刻まれることに意味があると思っています。

被災した土地、そしてそこに住む人たちの復興には長い年月が必要です。
そのために、私たちは3.11を忘れないということ、それが非常に大切です。
できることはほんの少ししかないかもしれないとしても、私たちが忘れないでいて、必要とされている時に力を貸す、その繰り返しで少しずつ復興へと向かっていくのだと思います。

だから、皆さんに一度は現地でボランティアをしてほしいと思います。
ただ、一人で行くのは怖い、そもそもどうすれば参加できるの?、活動に必要なものは?などあると思うので、私なりにまとめてみます。ご参考まで。

【ボランティアに参加するには】
旅行会社、各自治体の社会福祉協議会などで、ボランティアの募集を行っています。
また、普段の活動とは別に、NPOなどが東日本大震災向けのボランティアプログラムを作っているところもあります。
団体によって条件が違ったり、スケジュールのハードさも異なるので、自分にあったものを探してください。

東京であればここがポータルの役割果たしてます。
東京ボランティア・市民活動センターの特設ページ

私が利用したのは調布市福祉協議会でのツアーでした。
調布市ボランティアセンター特設ページ

その他、色々あります。

【必要なもの】
☆最低限必要 ・あればベター
☆作業着(汚れていいもの、汗がひく時寒いので、スポーツ系の速乾性のがオススメ)
・タオル(汗を拭くにも、マフラーのように首周りをあっためるのにも良い)
・帽子(涼しくなってきたとはいえ、昼間の作業で日に当たって活動してると熱射病などの心配があるので必要)
☆手袋(長いゴム手袋と怪我防止のゴム製の滑り止めがついた軍手があると良い)
・安全長靴(まだ釘が地面に落ちているので、怪我しないためにもつま先の固い安全長靴が良い)
☆釘踏み抜き防止インソール(破傷風にならないためにも必須)
・メガネやゴーグル(乾燥していると土ぼこりが舞うので、特にコンタクトの人は気をつけて)
・雨具(雨が降らなくても、汚れそうな時には作業着の上に着ると汚さず済むのでオススメ)
☆保険証(万一のこともあるので、忘れずに)
・ゴミ袋(汚れたものを持ち帰るのに、また作業着が汚れてしまった際にバスを汚さないためのシートとしても使える)
☆防塵マスク(ないと作業させてもらえない場所もあるらしい)

一応、最低限として載せましたが、作業の場所によって必要なものも異なります。
中には、装備が足りないと危ないからと現場に行くバスに乗れないこともあるらしいので、具体的な作業場所が分からないで行く人はできるだけ装備を充実させることをお勧めします。

【行く前にしておくべきこと】
・破傷風予防のためのワクチン接種
・ボランティア保険への加入
・準備等の情報や現地の状況を載せているサイトのチェック

作業で行った先には、本当にまだまだ釘がたくさん落ちているところもありました。
せっかくのボランティアも破傷風の疑いが出て病院にいくなどするとさらに作業の時間が減ってしまうので、ワクチンを受けて行きましょう。

ボランティア保険への加入も地元で済ませてから行きましょう。
現地で入ると、現地の自治体が費用を負担することになるので、地元で入ってから行ってください。

また、これまでに色々な方が作業に行ってレポートを書いていたり、ボランティアの受け入れをするところも色々な情報を発信しているので、できるだけ積極的に仕入れられる情報はしっかり仕入れて現地に行ってください。

ざっくりした程度のことしか書けませんでしたが、もし現地での活動に興味があって、これから初めて行くつもりという方がいたら、少しは参考になるかもしれません。
初めて行く人にとっては心配がつきものですが、これを見て、じゃあ行ってみようと思ってくれた人が一人でもいたら幸せです。



2011.10.31.Mon 岩手にボランティアに行って出会った素敵な方々について

 被災地復興支援ボランティアに行って、もちろんたくさんの瓦礫の山や基礎しかない家の跡のような悲惨な状況を目の当たりにしたのも事実ですが、一方で被災地復興のためにがんばる人や被災した地域の人が復興に向けてがんばっている姿などを見ることができて、もっと何かできたらいいなとか、私自身も色々なことに真摯に向き合ってがんばらないとという想いに駆られました。
このボランティアで出会った素敵な方々について少しだけ紹介したと思います。

まず、一番に紹介したいのは、私たちが泊った遠野市にある自治会の施設でお世話をしてくださった遠野の菊池さん。

渋滞で、到着が20時くらいになったのですが、宿泊施設を温めて、漬物を用意して私たちのことを待ってくださいました。

私たちは、活動の日は朝6:50に宿泊施設を出るのですが、菊池さんは毎日私たちのために朝5:30には宿泊施設に来て、全員分のお味噌汁を作ってくださいました。

そして、お酒が大好きなようで、毎日夜には菊池さんがお酒を用意して、豪華なおつまみも作ってくださって、色々なお話をしてくださいました。

想像していたよりは寒くはなかったと私自身は思いましたが、それでも関東に住む人間にとってはこの時期にこの寒さはやはりつらいもの。

菊池さんのお話によると、人が済んでいる地域で本州で一番寒いのが遠野だそうです。
寒い朝に、体に染みいるような温かいお味噌汁、しかも裏の畑で野菜を摘んで来て、新鮮な野菜がたっぷり入ったお味噌汁で、みんな朝が楽しみだったようです。もちろん私もですが。

ボランティアの際、現地での作業には危険が伴うこともありますし、もしかしたらまた地震が起きて津波が来るかもしれないようなところで作業をするので、私たちみたいにたった数日行くだけの人間だけでやるのは危ないことです。

そこで、ボランティアの派遣をとりまとめる事務局のような組織があって、私たちが参加したところは、遠野まごころネットという団体だったのですが、初期のほうから継続的に関わってきた人たちがボランティア作業を行う場所の現場統括リーダーとして、現場での作業の説明や注意、また非常時の指示を出したりを行い、私たちは彼らに従って作業を進めるということを朝礼でしっかり叩きこまれます。

その人たちが、全国各地から熱い思いを持ってそこにいるわけなんですが、長く遠野にいるのだろうと思うのですが、皆来たところの方言でしゃべっているんです。
きっと、本当に自分の土地に愛着を持って、その土地の言葉を誇りに思って生きているんだろうなと思いました。

そんな人たちだからこそ、住んでいた土地がある日様変わりしてしまう状況、そして親しい近所の人達を失うということに対して、人一倍被災者の気持ちに立てて、そして何かしたいという想いが強いのではないかなと思いました。
うまい言い回しより人を動かす力を持っている熱っぽい人が多くて、なんだかいいなと思いました。

そんな人たちが遠野から被災地各地へ行く私たちのようなボランティアを支えてくださっています。
正直、遠野と聞くと遠野物語の河童しか思い浮かばないような私でしたが、人が温かくて、この町が好きになりました。

そして、陸前高田市の気仙町上長部で作業する際、そこの地区長さんが始まる前に「よろしくお願いします。」、そして作業を終えて帰る際に「ありがとうございました。」と頭を下げておっしゃっていた姿を見て、私たちボランティアを快く受け入れてくださってることがうれしいと感じました。

それと、私たちが作業していた横で、住民の方々数人が木を加工されていました。
木皮ではない状態ですが、木の表面を削って加工されていたので、もしかすると震災で壊れた建物などの木材の再利用なのかもしれませんが、それで何かを作られているようで、現地の方々も前を向いて復興に向けてがんばられているんだなと思うとすごく救われた気持ちになりました。

私が岩手で見てきたものとして伝えたかったのは、まだまだ復興のために人手が必要であるということと、被災した方々もがんばっていらっしゃるんだということ、そして被災地を支えている人達の存在です。

もし、これから東北に被災地復興支援のボランティアに行かれる方がいたら、そういうところにも目を向けてもらえたらと思います。



2011.10.30.Sun ようやく行ってきた被災地へのボランティア

 友達がちらほら被災地へボランティアに入っていることを聞いたり、facebookやtwitterに書いているところを見て、私も何かしたいという思いが募っていたところ、ちょうど社内で被災地でのボランティアの募集があったので行ってきました。

岩手の遠野まごころネットから被災地に派遣される形で、陸前高田市気仙町上長部と大槌町でボランティアをしてきました。

一日目に行ったのは陸前高田市気仙町上長部という地区でした。
震災後で水産工場の魚が大量に流れ、それが数カ月放置され腐食が進んで、夏の頃はすごい状態だったようです。
ですが、私が行った時にはもうすっかり片付いていて、そんなだったとは想像もつかないくらい綺麗になっていて、異臭もしませんでした。
この地域は、「復旧から復興へと変わりつつある、比較的復旧が進んでいる地域」と現場のリーダーもおっしゃってました。

そこで私たちがした作業は、瓦礫などもほとんど片付いた土地をこれから畑にするために、比較的小さい瓦礫を拾い、雑草を刈ることでした。
その土地の瓦礫が取り除かれたら、土を掘り起こして畑にして、その場所にほど近い仮設住宅に住む人々がその土地で何かを育てることで、外に出るきっかけを作ろうとされているようでした。
私は、久々に鎌を持って草を刈ったり、熊手で草をかき集めたりをしました。

作業の中で感じたのは、津波で一気に潮が流れてきた土地にもまた新たな命が芽吹く可能性がある、土や自然の強さでした。
というのも雑草を除いていたら、そこにはミミズがいたり、蛙が出てきたり、色々な生き物がその陰に身を潜めていました。
瓦礫などが完全に撤去され、土を掘り返したらきっと植物が育つ土地になる希望が持てました。

私は関わらなかった作業ですが、その日の活動の一部に麦蒔きもありました。
被災地でのボランティアというと、どうしても土の掻き出しのイメージが先行してましたが、地域によって復旧の具合は異なり、そこで必要とされている支援の形も違うのだなということが分かりました。

2日目に行ったのは、大槌町での側溝の泥の掻き出し、側溝の蓋を戻すこと、そして周辺の瓦礫等を拾う作業でした。
こちらは前日と打って変わって、まだまだ復旧が進んでいない地域でした。
作業している場所のすぐ横は高い堤防があったのですが、それを越える高さの瓦礫の山、側溝の蓋はあちこちに外れたままの状態、半年以上たった今ですら津波被害の生々しさを感じるようなものがいくつもありました。

2日目の作業は1日目に比べると重労働でした。
泥も重いし、側溝で水がある分、土はさらに重さを増します。
そして比較的固い土の部分には、まだまだ色々なものが混在していて、なかなか土がほぐれません。
それでも午前中の作業で、その日の範囲とされていた側溝部分はだいぶ片付いて、午後は半分くらいの人は周りの瓦礫等の撤去にあたっていました。

大槌町には、ひょっこりひょうたん島のモデルとなった蓬莱島という島があります。
行きのバスで見た角度では、本当にひょっこりひょうたん島のような形でした。
ひょっこりひょうたん島のモデルとなった場所があるということで、12時の町内放送(音楽)はひょっこりひょうたん島の歌でした。
「苦しいこともあるだろさ 悲しいこともあるだろさ だけどボクらはくじけない 泣くのはいやだ 笑っちゃおう」
歌がついてはなかったですが、井上ひさしさんの歌詞にじーんと来てしまいました。

私たちは、こうやって自分たちの生活の合間に、瓦礫を拾ったりするお手伝いしかできないけれど、この町の方たちがひょっこりひょうたん島の音楽を毎日聞きながら、少しでも元気に、そして前向きになっていってほしいなと思います。

実際に活動したのは2日間でしたが、対照的な2つの地域に赴いて被災地復興支援のボランティアに取り組んで、被災地と一言で言えないその土地土地で、復旧の具合が違うのだということは強く痛感しました。

また、陸前高田市のボランティアの時に聞いた話ですが、多い時には遠野まごころネットだけで1日350人の人がボランティアに来ていたようです。
私たちが作業した日は、40人弱という状況でした。
あっという間に、被災地入りしてボランティアをする人の数は減っているものの、まだまだ人手が必要とのことでした。

仕事や勉学でなかなか時間を作れない人も多いかと思いますが、1回でもいいので、また短期でも構わないと思うので、被災地での支援活動にもご協力いただけたらと思います。
これから寒い冬が来て、作業自体も鈍化していってしまう気がします。
そうではない、まだ雪の降らない今の時期に、まずは1回行ってほしいです。
特に私たちのようなこれからの時代を作っていく世代にとっては、日本の未来を考える上でも非常にいい経験になるように思います。

いわゆる肉体労働だけが被災地でのボランティアではありません。
体力に自信がない人でもできることもあります。
被災地に赴く際、最低限として迷惑をかけないためにも事前の下調べを怠らずにお願いします。
私自身もこのブログを通してお伝えできることがあれば、シェアして行きたいと思っています。




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