長い学生生活を終え、IT企業でSEをしてます。

業務以外の部分での会社での活動や社外でやっている活動、セミナー等に参加しての感想やレポート、思ったことや関心のあることを中心に綴っています。

色々な人に会っての気づき、感銘を受けた本、美術展や映画の感想等も不定期的に更新していく予定です。

コメントはお気軽にどうぞ。
ただし、承認制にしていますので、掲載まで時間がかかる場合もあります。悪しからず。
2012.08.13.Mon スポンサーサイト

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2011.11.28.Mon アイランダー2011に行ってきました!

 私は18歳で大学進学のために東京に出てくるまで、山口県の瀬戸内に浮かぶ島で生まれ育ちました。
たぶん、田舎の時間の流れがしっかり染み込んでいることもあって、おっとりしてるところがあるんだと思います。

ここ数年、気になっていたアイランダー2011という、全国の島々が集まるイベントに今年ようやく行って来ました。色々な島の人たちがブースを設け、特産品の販売をしたり、伝統工芸の体験をできるようにしていたり、島の観光案内やイベントの案内をしているものです。

私が生まれ育った島もアイランダーに出ていることを、twitterでフォローしている大野圭司さんという方がつぶやかれていて、ずっと行ってみたいと思っていました。
(地元の地域活性化に取り組まれている大野さんに会ってみたいというのも理由の一つでした。)

私のいた島のブースでは、はちみつの販売をしていました。
私自身、はちみつと聞いてピンとこなかったのですが、これから名産品として育てていくようです。
味見をしましたが、みかんが有名な島で、みかんの花の咲く季節に採れたはちみつはみかんのいい香りがしてました。

試食を勧めてくれた方に「実はここの出身なんです。」という話をしたら、すごく親しみを持ってくださって、「来年は手伝いにいらっしゃい。こっち(ブースの中)のほうがきっと楽しいわよ」と言ってくださいました。
その方自身は、私の島に住んでいたことはないそうで、お父様がそこの出身であること、そしてその方がフラをやられていて、私の島は昔たくさんハワイに移民した人がいて、その関係もあってハワイと姉妹都市なのでフラがそこそこ盛んで、そのつながりで今、島とつながっているそうです。

その人が、別のフロアでニッポン全国物産展をやっていて、そこにも商品を出していることを教えてくださったので、そっちにも足を運びました。

そこで念願の大野さんにもお会いできました。
島スタイルというサイトを運営されて、全国に発信しながら色々なことに地元で取り組んでいらっしゃる方です。
若者は出ていって高齢者が相対的に増えていく状態のいわゆる過疎化が進んでいるはずなのに、最近結構あの島ががんばっている様子が東京のほうにも伝わっています。
地元の人たちからも色々様子が変わっている話を聞いたりしても、ちょっとずつ魅力的なところになっているような雰囲気が伝わってきます。

過疎化という言葉を目の当たりにして育った私にとって、地域活性化というのも私のライフワークに関わるキーワードの一つです。
それだけにすごく興味があって、お話は少ししかできなかったのですが、来年関わりたいって話をしたら喜んでくださって、名刺交換もしてきました。
たぶん、来年は私の島に関わるどこかのブースにいる予定です。
こういう形で、自分の故郷に関われるとは思ってなかったので、うれしいなと思いました。

余談ですが、物産展には岩手も出展していたので行ってきました。
そうしたら、また来ていたところが遠野で、「被災地ボランティアで遠野まごころねっとにお世話になったんです」という話をしたら、そこの手伝いをしてた方もどうやらボランティアで遠野に行ってその縁で手伝っているとのことでした。
そして、遠野ふるさと村という里山体験の施設の村長の鈴木さんという女性を紹介してもらいました。
そこは目的としては里山の暮らしを体験する施設らしいのですが、ボランティアが多い時期泊る場所がない団体のために、ここにある施設を宿泊施設として貸し出していたそうです。
その方に「本当にありがとう」と言われ、遠野の人たちの温かい優しさを思い出しました。

人っていいなと思えた一日でした。
またこの縁を大切に、何かにつなげられたらいいなと思いました。


| 23:58 | comments(0) | Life |

2011.11.27.Sun 私のスキンケアは間違ってたらしい

 第2回目のMUJビューティースクールはスキンケアの講座でした。

自覚としても、決して肌にいいことを心掛けているわけではないし、そこまでまじめに勉強したこともなかったので、この機会に学ぼうと思っていきました。

肌の構造から話が始まって、肌の生まれ変わっていくのにかかる時間の話、そして私たち受講生の話を聞きながらスキンケアの基礎を教えてくださいました。

本当に色々な雑誌で、色々なことが書かれていて、どれを信じればいいのか分からないし、どんどん新しいコスメやスキンケア用品が出てきて、何が本当にいいのか分からない中で、結構間違った選択をしてたことに気づきました。

まず、お金をかけなくてもいいものがあるということが目から鱗でした。
私は洗顔料や化粧水などちょっと高いのを使っていたのですが、基本的にはしっかりとクレンジングで落として、その後洗顔は弱酸性のものを使えばいいとのことでした。化粧水などについては具体的なものを聞いてないのでもしかすると少しいいものがいいのかもしれませんが。

クレンジングとして提案されたのはコールドクリームでした。親とかもっと上の世代が使うもので、あんまり落ちた気もしなくて、私はオイル派だったのですが、オイルは肌に入っていくのと強いのであまり肌に良くないらしいです。
コールドクリームでゆっくりマッサージしながら汚れを浮かしてティッシュで落とすのが一番だそうです。

また、洗顔料として提案されたのは、ダブのDeep pureでした。
価格としては400円程度の洗顔フォームで、ビオレとかでもOKだそうです。
それで最初にぬるま湯(36〜38℃)で顔を濡らして、まずは顎、そして鼻の下、頬、おでこ、鼻という順で、パーツごとに丁寧に洗っていくのが正しい洗顔だそうです。

そして、ニキビが気になる場合は、硫黄成分が入ったものを、必要なパーツだけに使うのがいいそうです。

今まで、同じ洗顔料で顔全体を洗っていたので、びっくりするような情報でした。

その後の化粧水をつけるのにもコツがあるそうです。
まず全体に化粧水をつけ、その後は先ほどの洗顔のように各パーツごとに化粧水を手に取り、手の温度で温めて押しこんでいくのがいいそうです。
よく、コットンを使ってというのがありますがあれは、化粧水のほとんどが肌ではなくコットンにしみ込むので化粧水の減りを早くして、商品の回転率を上げようとするためみたいです。

雑誌も商品を売るための宣伝のことも多いので、鵜呑みにはできないなと思いました。

あと、真皮を流れるのは血で、結局はそこが一番大事で、真皮で作られた健康な皮膚が上がっていって表面に出てくるので、大事なのは血流を良くすることだそうです。
そのためのお風呂の入り方も夜であれば少しぬるめ(36〜38℃)、朝であれば少し温かい(38〜40℃)に全身浸かるのが良いそうです。
またお湯を柔らかくするのと、保温効果を高めるために入浴剤はオススメだそうで、しかも香りのいい海外のものではなくて、昔からあるような(花王のバブみたいなのがいいそうです。

半身浴のほうがいいのかと思っていましたが、なかなか半身浴でしっかりと温まるのには時間がかかるので、しっかりと事前に水分を取って肩までつかるのが大事とのことでした。

早速帰りに、ダブとコールドクリームと入浴剤を買いました。
ちょっとだけ自分に時間と労力をかけてみることにしました。
さて、結果はどうなるか?それを楽しみに次回のスキンケア後半の回を待ちながら、正しいスキンケアに取り組むことにしました。

なかなか自己流ではうまくいかないようなところなので色々学べて良かったし、この歳なので実践したいと思っています。


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2011.11.21.Mon モチベーションは上げるものではない!?

 セルフブランディングに興味があって、ただ自分で自分をどう見せるかを考えるのは限界があるなと思ったのと、自分のライフスタイルを見直すのにいい機会と思ったのと、今関わりの深いコミュニティとはまた違ったところに首を突っ込んでみたいという願望とたまたま合致したのが、ミス・ユニバースの運営をしてる会社のやってるリアルビューティー講座。

とりあえず、名前から想像しやすいメイク、スキンケアの講座もあったり、栄養学、ヨガ、エクササイズのような体のベースに働きかけるもの、それ以外は会話術、スピーチ、メンタルなど幅広い内容をやっていて、そこが面白そうだったので、参加することにしました。

そして1回目は「メンタルトレーニング」でした。講師は森川陽太郎さん。
その中で一番印象的だったのが、タイトルに書いた”モチベーションは上げるものではない”ということでした。森川さん曰く、”上げる”のではなく”育てる”ものなのだそうです。

私は「どうやったらモチベーションを上げられるか?」とか「どうモチベーションを保つか?」って考えることはありましたが、育てるって考えたことはありませんでした。
私は色んな事にすぐやる気になって火がつくのに、消えてしまうのも早くて長続きしないことが多くありました。
原因は”自分の心が弱い”ということでなんとなく片付けて、同じことを繰り返すこともしばしば。

でも、この講座で教わったのはいわゆるやる気というのは”テンション”らしいです。つまり時間が経つほどに下がっていくのは自然なこと。
その時に決めたアクションの負荷は大きくなりがち、そしてテンションが下がってきてアクションがテンションを越えてしまうとストレスになってしまうそうです。

目標を達成するために、習慣を長続きさせるために大事なのは、アクションの負荷を何を基準に考えるかということ。
最低限何なら続きそうか、それを基準に考えることが大事だそうです。
やる気のある時に何ができそうではなく、もっと冷静な状態で本当に続くことは何かを考えてそこをアクションプランとすれば良いのだそうです。

ここで重要なのが、最低限にできることに社会の常識を含めてはいけないということ。
例えば、ダイエットだと最低一日これだけ運動しないとというのを雑誌、ネット、テレビでなんとなく知っていて、そこを基準にしがちなんだとか。
でも、自分が本当に続くかということはそういう”社会の常識”は入れずに、純粋に最低限を決めることが大事なんだそうです。これは目から鱗でした。

これで本当に目標が達成できるのかというアクションプランでスタートするメリットは、これも森川さんの例えでしたが、「フルマラソンをしなさい」と言われて走り始めて、3km時点で「やめてもいいよ」と言われたらきっと多くの人がやめると思います。
でも、41km時点で「やめてもいいよ」と言われるときっと、「じゃあ、やめよう」より「ここまで来たんだから最後まで走る」って人が増えると思います。
つまり、習慣化していけば諦めづらくなるし、後半のほうが負荷が大きくなっても耐えられるらしいです。

思い立った時の”テンション”はだんだんと落ちていくのは自然で、時間が経ったときにやる気を維持して目標を達成するために自分ができることを続けて、自分ができたという実感や成功体験を積み重ねていく中で、モチベーションを育てていくのが大事だそうです。

モチベーションに対する考え方がすごく変わりました。
ただ、たまたまなんですけど、最近始めた語学の勉強が意外と長続きしそうと思っていて、それを考えてみると、この理論にしっくりとハマったんです。

毎日ラジオ講座を聞く、夜にまとめてその日の教材を1回だけ音読というのが最低限のアクションプランでスタートして、聞けないという状況ができにくい環境づくりをしたのと、今苦手と感じている英語の中で、一番好きだった発音する(話す)を取り入れたことがモチベーションを育てるのに功を奏しているようです。
毎日聞けているので、ストレスにはならないし、音読も初日に本当に口が動かなかったのから1週間続けただけでも少し発音の仕方の感覚が戻ってきたようでその変化がまた楽しいと感じる要素になっています。

なので、このモチベーションを育てることを意識すると、今までできてなかったこともできるかもしれないと思ってきたので、これから色々な目標に対して取り入れてみようと思います。


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2011.11.05.Sat 被災地にボランティアに行こう!

 今日、会社で同じ被災地支援ボランティアで岩手に行った人達で集まって、打ち上げをしました。
また現地に行くのか、それとも東京でできる被災地支援をするのかは決まってませんが、やっぱり行ってきた人たちは、これをきっかけにアクションを起こし続けたいと思っているようで、またそれを社内で展開できたらいいなと思っているようでした。

私自身もまた行く機会を作れれば、足を運んでボランティアしたいと思いますし、それは少し先になりそうなので、とりあえず東京でコンスタントに活動できたらなとも思っています。

被災地支援ボランティアはあくまで、個人のライフスタイルや制約の中で、できることをすればいいのだと思っていますが、それでももし、時間と少しのお金が捻出できるなら、一回は現地に入ってボランティアしてほしいと思います。

費用対効果でいうなら、現地に入って活動するより、たぶん今自分がいるところでできることをする方がいいのだと思います。
でも、現地での活動は実働時間は短くても、自分の目で現地を見て感じ、そしてそれが自分の中にしっかり刻まれることに意味があると思っています。

被災した土地、そしてそこに住む人たちの復興には長い年月が必要です。
そのために、私たちは3.11を忘れないということ、それが非常に大切です。
できることはほんの少ししかないかもしれないとしても、私たちが忘れないでいて、必要とされている時に力を貸す、その繰り返しで少しずつ復興へと向かっていくのだと思います。

だから、皆さんに一度は現地でボランティアをしてほしいと思います。
ただ、一人で行くのは怖い、そもそもどうすれば参加できるの?、活動に必要なものは?などあると思うので、私なりにまとめてみます。ご参考まで。

【ボランティアに参加するには】
旅行会社、各自治体の社会福祉協議会などで、ボランティアの募集を行っています。
また、普段の活動とは別に、NPOなどが東日本大震災向けのボランティアプログラムを作っているところもあります。
団体によって条件が違ったり、スケジュールのハードさも異なるので、自分にあったものを探してください。

東京であればここがポータルの役割果たしてます。
東京ボランティア・市民活動センターの特設ページ

私が利用したのは調布市福祉協議会でのツアーでした。
調布市ボランティアセンター特設ページ

その他、色々あります。

【必要なもの】
☆最低限必要 ・あればベター
☆作業着(汚れていいもの、汗がひく時寒いので、スポーツ系の速乾性のがオススメ)
・タオル(汗を拭くにも、マフラーのように首周りをあっためるのにも良い)
・帽子(涼しくなってきたとはいえ、昼間の作業で日に当たって活動してると熱射病などの心配があるので必要)
☆手袋(長いゴム手袋と怪我防止のゴム製の滑り止めがついた軍手があると良い)
・安全長靴(まだ釘が地面に落ちているので、怪我しないためにもつま先の固い安全長靴が良い)
☆釘踏み抜き防止インソール(破傷風にならないためにも必須)
・メガネやゴーグル(乾燥していると土ぼこりが舞うので、特にコンタクトの人は気をつけて)
・雨具(雨が降らなくても、汚れそうな時には作業着の上に着ると汚さず済むのでオススメ)
☆保険証(万一のこともあるので、忘れずに)
・ゴミ袋(汚れたものを持ち帰るのに、また作業着が汚れてしまった際にバスを汚さないためのシートとしても使える)
☆防塵マスク(ないと作業させてもらえない場所もあるらしい)

一応、最低限として載せましたが、作業の場所によって必要なものも異なります。
中には、装備が足りないと危ないからと現場に行くバスに乗れないこともあるらしいので、具体的な作業場所が分からないで行く人はできるだけ装備を充実させることをお勧めします。

【行く前にしておくべきこと】
・破傷風予防のためのワクチン接種
・ボランティア保険への加入
・準備等の情報や現地の状況を載せているサイトのチェック

作業で行った先には、本当にまだまだ釘がたくさん落ちているところもありました。
せっかくのボランティアも破傷風の疑いが出て病院にいくなどするとさらに作業の時間が減ってしまうので、ワクチンを受けて行きましょう。

ボランティア保険への加入も地元で済ませてから行きましょう。
現地で入ると、現地の自治体が費用を負担することになるので、地元で入ってから行ってください。

また、これまでに色々な方が作業に行ってレポートを書いていたり、ボランティアの受け入れをするところも色々な情報を発信しているので、できるだけ積極的に仕入れられる情報はしっかり仕入れて現地に行ってください。

ざっくりした程度のことしか書けませんでしたが、もし現地での活動に興味があって、これから初めて行くつもりという方がいたら、少しは参考になるかもしれません。
初めて行く人にとっては心配がつきものですが、これを見て、じゃあ行ってみようと思ってくれた人が一人でもいたら幸せです。



2011.10.31.Mon 岩手にボランティアに行って出会った素敵な方々について

 被災地復興支援ボランティアに行って、もちろんたくさんの瓦礫の山や基礎しかない家の跡のような悲惨な状況を目の当たりにしたのも事実ですが、一方で被災地復興のためにがんばる人や被災した地域の人が復興に向けてがんばっている姿などを見ることができて、もっと何かできたらいいなとか、私自身も色々なことに真摯に向き合ってがんばらないとという想いに駆られました。
このボランティアで出会った素敵な方々について少しだけ紹介したと思います。

まず、一番に紹介したいのは、私たちが泊った遠野市にある自治会の施設でお世話をしてくださった遠野の菊池さん。

渋滞で、到着が20時くらいになったのですが、宿泊施設を温めて、漬物を用意して私たちのことを待ってくださいました。

私たちは、活動の日は朝6:50に宿泊施設を出るのですが、菊池さんは毎日私たちのために朝5:30には宿泊施設に来て、全員分のお味噌汁を作ってくださいました。

そして、お酒が大好きなようで、毎日夜には菊池さんがお酒を用意して、豪華なおつまみも作ってくださって、色々なお話をしてくださいました。

想像していたよりは寒くはなかったと私自身は思いましたが、それでも関東に住む人間にとってはこの時期にこの寒さはやはりつらいもの。

菊池さんのお話によると、人が済んでいる地域で本州で一番寒いのが遠野だそうです。
寒い朝に、体に染みいるような温かいお味噌汁、しかも裏の畑で野菜を摘んで来て、新鮮な野菜がたっぷり入ったお味噌汁で、みんな朝が楽しみだったようです。もちろん私もですが。

ボランティアの際、現地での作業には危険が伴うこともありますし、もしかしたらまた地震が起きて津波が来るかもしれないようなところで作業をするので、私たちみたいにたった数日行くだけの人間だけでやるのは危ないことです。

そこで、ボランティアの派遣をとりまとめる事務局のような組織があって、私たちが参加したところは、遠野まごころネットという団体だったのですが、初期のほうから継続的に関わってきた人たちがボランティア作業を行う場所の現場統括リーダーとして、現場での作業の説明や注意、また非常時の指示を出したりを行い、私たちは彼らに従って作業を進めるということを朝礼でしっかり叩きこまれます。

その人たちが、全国各地から熱い思いを持ってそこにいるわけなんですが、長く遠野にいるのだろうと思うのですが、皆来たところの方言でしゃべっているんです。
きっと、本当に自分の土地に愛着を持って、その土地の言葉を誇りに思って生きているんだろうなと思いました。

そんな人たちだからこそ、住んでいた土地がある日様変わりしてしまう状況、そして親しい近所の人達を失うということに対して、人一倍被災者の気持ちに立てて、そして何かしたいという想いが強いのではないかなと思いました。
うまい言い回しより人を動かす力を持っている熱っぽい人が多くて、なんだかいいなと思いました。

そんな人たちが遠野から被災地各地へ行く私たちのようなボランティアを支えてくださっています。
正直、遠野と聞くと遠野物語の河童しか思い浮かばないような私でしたが、人が温かくて、この町が好きになりました。

そして、陸前高田市の気仙町上長部で作業する際、そこの地区長さんが始まる前に「よろしくお願いします。」、そして作業を終えて帰る際に「ありがとうございました。」と頭を下げておっしゃっていた姿を見て、私たちボランティアを快く受け入れてくださってることがうれしいと感じました。

それと、私たちが作業していた横で、住民の方々数人が木を加工されていました。
木皮ではない状態ですが、木の表面を削って加工されていたので、もしかすると震災で壊れた建物などの木材の再利用なのかもしれませんが、それで何かを作られているようで、現地の方々も前を向いて復興に向けてがんばられているんだなと思うとすごく救われた気持ちになりました。

私が岩手で見てきたものとして伝えたかったのは、まだまだ復興のために人手が必要であるということと、被災した方々もがんばっていらっしゃるんだということ、そして被災地を支えている人達の存在です。

もし、これから東北に被災地復興支援のボランティアに行かれる方がいたら、そういうところにも目を向けてもらえたらと思います。



2011.10.30.Sun ようやく行ってきた被災地へのボランティア

 友達がちらほら被災地へボランティアに入っていることを聞いたり、facebookやtwitterに書いているところを見て、私も何かしたいという思いが募っていたところ、ちょうど社内で被災地でのボランティアの募集があったので行ってきました。

岩手の遠野まごころネットから被災地に派遣される形で、陸前高田市気仙町上長部と大槌町でボランティアをしてきました。

一日目に行ったのは陸前高田市気仙町上長部という地区でした。
震災後で水産工場の魚が大量に流れ、それが数カ月放置され腐食が進んで、夏の頃はすごい状態だったようです。
ですが、私が行った時にはもうすっかり片付いていて、そんなだったとは想像もつかないくらい綺麗になっていて、異臭もしませんでした。
この地域は、「復旧から復興へと変わりつつある、比較的復旧が進んでいる地域」と現場のリーダーもおっしゃってました。

そこで私たちがした作業は、瓦礫などもほとんど片付いた土地をこれから畑にするために、比較的小さい瓦礫を拾い、雑草を刈ることでした。
その土地の瓦礫が取り除かれたら、土を掘り起こして畑にして、その場所にほど近い仮設住宅に住む人々がその土地で何かを育てることで、外に出るきっかけを作ろうとされているようでした。
私は、久々に鎌を持って草を刈ったり、熊手で草をかき集めたりをしました。

作業の中で感じたのは、津波で一気に潮が流れてきた土地にもまた新たな命が芽吹く可能性がある、土や自然の強さでした。
というのも雑草を除いていたら、そこにはミミズがいたり、蛙が出てきたり、色々な生き物がその陰に身を潜めていました。
瓦礫などが完全に撤去され、土を掘り返したらきっと植物が育つ土地になる希望が持てました。

私は関わらなかった作業ですが、その日の活動の一部に麦蒔きもありました。
被災地でのボランティアというと、どうしても土の掻き出しのイメージが先行してましたが、地域によって復旧の具合は異なり、そこで必要とされている支援の形も違うのだなということが分かりました。

2日目に行ったのは、大槌町での側溝の泥の掻き出し、側溝の蓋を戻すこと、そして周辺の瓦礫等を拾う作業でした。
こちらは前日と打って変わって、まだまだ復旧が進んでいない地域でした。
作業している場所のすぐ横は高い堤防があったのですが、それを越える高さの瓦礫の山、側溝の蓋はあちこちに外れたままの状態、半年以上たった今ですら津波被害の生々しさを感じるようなものがいくつもありました。

2日目の作業は1日目に比べると重労働でした。
泥も重いし、側溝で水がある分、土はさらに重さを増します。
そして比較的固い土の部分には、まだまだ色々なものが混在していて、なかなか土がほぐれません。
それでも午前中の作業で、その日の範囲とされていた側溝部分はだいぶ片付いて、午後は半分くらいの人は周りの瓦礫等の撤去にあたっていました。

大槌町には、ひょっこりひょうたん島のモデルとなった蓬莱島という島があります。
行きのバスで見た角度では、本当にひょっこりひょうたん島のような形でした。
ひょっこりひょうたん島のモデルとなった場所があるということで、12時の町内放送(音楽)はひょっこりひょうたん島の歌でした。
「苦しいこともあるだろさ 悲しいこともあるだろさ だけどボクらはくじけない 泣くのはいやだ 笑っちゃおう」
歌がついてはなかったですが、井上ひさしさんの歌詞にじーんと来てしまいました。

私たちは、こうやって自分たちの生活の合間に、瓦礫を拾ったりするお手伝いしかできないけれど、この町の方たちがひょっこりひょうたん島の音楽を毎日聞きながら、少しでも元気に、そして前向きになっていってほしいなと思います。

実際に活動したのは2日間でしたが、対照的な2つの地域に赴いて被災地復興支援のボランティアに取り組んで、被災地と一言で言えないその土地土地で、復旧の具合が違うのだということは強く痛感しました。

また、陸前高田市のボランティアの時に聞いた話ですが、多い時には遠野まごころネットだけで1日350人の人がボランティアに来ていたようです。
私たちが作業した日は、40人弱という状況でした。
あっという間に、被災地入りしてボランティアをする人の数は減っているものの、まだまだ人手が必要とのことでした。

仕事や勉学でなかなか時間を作れない人も多いかと思いますが、1回でもいいので、また短期でも構わないと思うので、被災地での支援活動にもご協力いただけたらと思います。
これから寒い冬が来て、作業自体も鈍化していってしまう気がします。
そうではない、まだ雪の降らない今の時期に、まずは1回行ってほしいです。
特に私たちのようなこれからの時代を作っていく世代にとっては、日本の未来を考える上でも非常にいい経験になるように思います。

いわゆる肉体労働だけが被災地でのボランティアではありません。
体力に自信がない人でもできることもあります。
被災地に赴く際、最低限として迷惑をかけないためにも事前の下調べを怠らずにお願いします。
私自身もこのブログを通してお伝えできることがあれば、シェアして行きたいと思っています。



2011.10.17.Mon 日中学生会議報告会に参加してきた

学生時代に力を入れていた活動の一つである日中学生会議、後輩たちのがんばりで認知度も集まる学生の質もここ数年で大きな変化を遂げています。 
今年のOBOG総会は本会議中だったので、どんな人がいるかは把握してたのですが、各分科会がどういう議論をしてたのかまでは知らなかったのでワクワクして行きました。 

最初に日中学生会議の概要と委員長挨拶、そしてキヤノングローバル戦略研究所の瀬口氏の話。 

瀬口氏の話は、中国がいかに早い時期に世界を凌駕するまでになるか、そしてその中で、日本はどうすべきかというものでした。 

特に印象に残ったのは当事者意識を持てということと、国家レベルのネゴシエーションはあくまでリスクを抑えるもので、良好な関係を作るのは民間レベルの文化交流や経済交流なんだということ。 
当事者意識は、日中間に限った話ではなく色々なことに言えますが、どうなるかではなくどうしたいかという意識でいなさいと。 
そのためには、日本(別に自国ではなく日中間の関係でも、世界でもいいと思います。)のあるべき姿を描くことが重要で、その姿は時間とともに変化してもいいが常に思い描いておくことが重要だそうです。 

もう一つの民間交流の重要性の話、日中間で言えば、日本は少し関係構築を政府に委ねてしまっている感があります。 
もちろん、日中学生会議はじめ、学生、社会人などの草の根交流は存在しています。 
でも、日韓の関係ほど文化は浸透してないし、反日運動のイメージが強くあるけど同世代の中国人が日本のアニメで育ったことを知らない人も多いと思います。 ここはこれからまだまだ力を入れていかないといけないところと思います。 

今年の参加者や実行委員が何を考え、活動してきたかは報告会や何かの機会で聞く程度なので分からない部分も多いですが、これらの言葉が現役、そして来期のコアメンバーにどう響いたのかなと思いますも もちろん自分たちが楽しむことが一番、それに加えて、各自の理想や社会のあるべき姿の実現のために、日中学生会議としてできることは何かを常に思って活動してくれたらうれしいなと思いました。 

日中学生会議報告会の話に戻ると、瀬口氏の話の後は各分科会の報告でした。 

分科会自体は例年通りな感じでしたが、いくつかの分科会がまたいで格差をテーマにしていたり、ビジネス分科会がソーシャルビジネスを扱っていたり、今っぽいなと感じました。 どこも難しいテーマだったわりにがんばってた気がします。 

そんな後輩たちには少し失礼かもしれないけど、一番印象に残ったのは、議論のプロセスで生じた問題や開催を経て今でも答えが出ずに悩んでいることだったりしました。 

2週間もいれば情も湧くし、お互いあまり相手国を悪く思ってない人が多いので、基本的には議論もスムーズに行きます。 
でも、観光や文化交流だけじゃなく分科会活動を設けて、あえて議論する意味はなんだろうと考えた時、それは両国のより良い未来のために、私たちがするべきことを知るためじゃないかと思うのです。 
だから、議論が決裂したとしても、お互いどこがなかなか分かり合えないのか気づくだけでも大きな収穫だと思います。 

これはすごく個人的で、社会人ぶった視点ですが、報告会はそういうジレンマを感じた部分にフォーカスするだけでもいいのかなと感じました。 
報道にありがちな、相手国がさも対立感情しか抱いてないとか、政治的な対立を浮き彫りにするのとは違い、その理解し合えなかったことを知るのは、じゃあどうしたら理解してもらえるだろうとか、その対立を最小限に抑えるために何ができるだろうという次のアクションが見えてくると思うのです。 

本会議の議論で完結させず、じゃあ何が私にできるだろうって色々悩めば、少しずつ両国の関係も良い方向に向かう気がします。 
日中学生会議を離れて数年して、ふとそんなことを思ってみた報告会でした。


| 13:11 | comments(0) | Event |

2011.10.01.Sat 社会人半年経って思うこと

 9月も終わって、いよいよ10月に突入です。
軽く自己紹介というか近況報告をすると、4月にIT企業に入社して、2ヶ月半の研修を経て、今の配属先に配属されました。そこから9月いっぱいがOJTの期間でした。

情報系の勉強は皆無でこの会社に入ったので、毎日が学びです。
幸い周りの人に恵まれ、色々なことを懇切丁寧に教えてもらい、自分で実際にやってみると失敗も多いですが、それでも根気強くつきあっていただいてます。
仕事において自分自身がお金を生みだす価値を持つ以前に、周りの人の時間をできるだけ食わないで済むようになることが先決と思う日々です。

半年経って、学生の頃と何が変わったかと考えてみると案外違いがないなというのが「想像していた社会人生活」と違うところです。

社内でも部署によって、というよりプロジェクトによって忙しさが違うのですが、私のところは比較的定時近くに帰れる状況で、私にはいわゆる「アフター5」な時間が平日に存在します。
なので、平日にも余裕で予定を入れられています。予定がなければ、本を読んだり、家でまったりしていたり。

セキュリティの問題で仕事を持ち出せないので、OFFは完全にOFFな分、授業の合間や家でもサークル等の作業に取り組んでいた学生時代のほうが忙しかった気がしています。
仕事量や責任が増えてくれば変わるのだと思いますが、現状はそんな感じです。

土日は友達と遊んだり、なんたらランチ会みたいなのを友達に紹介してもらって参加したりして、学生時代と変わらず色々な人に会えてるので、特に違いは感じません。

学生時代に思って仕事のギャップといえば、思ったより下積み感がないことです。
「会社入ってすぐはコピー取ってとかばっかりだろうけど」なんて話を言う人もいましたが、うちの会社では自分が必要なコピーは自分やるもの。

もちろん入りたての人間ができることなんて限られてる分、比較的簡単な仕事から私に引き継がれていますが、プロジェクトとしての仕事は資料に自分の名前が載るし、基本的にはプロジェクトの仕事優先で、いわゆる雑務を時々という感じです。

今関わってるプロジェクトは、見積書に作業者として名前を載せてもらい、まもなくリリースを迎えますが、自分の仕事が色々な人の目に触れるのを実感できる形での仕事がこんなに早くできるとは思ってなかったというのが正直なところです。
そういう意味でも恵まれた環境にいるなと思っています。

半年経って、最初は環境に慣れるので手一杯って言い訳も通用したのかもしれないですが、生活リズムに新しいことを組みこめそうな状態なので、やりたいけどいつからやろうって思ってたことを一つずつスタートさせようと思っています。
あとは、前のKING決プレの時のブレークスルーの赤羽さんの話にあった相談相手を探すことも動き始めないとと思ってます。これは1カ月以内にする予定です。

インプット過多ぎみでアウトプットの場が少ないので、残りの半年はそこのバランスをどう図っていくかってところを意識してみようと思います。
過去を振り返ると、そのバランスがいい時が自分にとっても心地いいし、ベストパフォーマンスを出せてた気がするので。

そんなわけで、社会人になって半年を振り返ってみました。
来年4月に、1年でこんなに成長できた!って実感できるように残りの半年、書いたことを意識してがんばっていきます。


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2011.09.23.Fri 活発な組織にすること、いい会議を作ること

 仕事には人件費が発生してるし、労働者は収入を得ているから、効率を求めたり、仕事の質を高いものにすることは外部から要求されていると思う。
一方、プライベートで何かをするときはそこにそういうお金の動きが発生しないことも多い。もちろん、友達とうだうだ飲んだり、バカなことをするのも楽しいし、それも必要。
でも、それなりに意義を見出して何かに取り組む時は、やっぱり仕事みたいに効率や質、目的とかが必要と思う。

せっかくいいことをしていても、やっているメンバーがモチベーションを高く持てないなら長続きしないし、場合によっては離れていくことにもなり得る。それには効率の良し悪しも関わってくる。

というか、「お金が入るから嫌でもやるかな」ってことはあるかもしれないけど、ボランティア的なことに取り組む時にはモチベーションそのものが収入みたいなものだから、楽しいとか充実してるとか思えない限り続くわけがない。

今日参加したある打ちあわせで、いい会議を作るや工夫活発な組織に必要なことについて考えさせられたので、そのことについてまとめる。


まず「いい会議」って言うのは何か?
私は、「決められた時間内に、必要なアウトプットを出すこと」だと思う。

つまり、時間はちゃんと区切って、それを先に提示することが大前提。
そして会議の目的をしっかり共有して、あらかじめアジェンダの提示が必要で、それに沿ってアウトプットを出していくことで「いい会議」は作られる。

会議の目的やアジェンダが必要なのは、自分たちが何を求められてるか、それが分からないと適切なアウトプットは出ないから。

時間を区切ることの必要性は、そのアウトプットを絞り出すための時間も分からないままじゃ、どういう形でアウトプットを出すのが効率いいかも分からないし、どの程度のクオリティを出したところでやめればいいかなんて決め方は難しいので、同じことを延々とやらざるを得なくなるところにある。


次に、「活性化した組織」に必要なことは何か?
「リーダーシップと個人の権限のバランス」だと思う。

もし、それが自分には負担が大きいなら、ファシリテーターを人に任せるとか、人の配置についてとことん突き詰めて、各人(個々人というよりは、ある程度のまとまり)に権限を委譲してしまえばいいと思う。
全部を仕切って、たくさんのことを自分で抱えるのは良いリーダーではない。

もちろん、強烈なリーダーシップを発揮する人がいて、その人の意思決定に基づいて戦略を練るというのは一番効率がいいと思うけど、そうじゃない組織だって、その組織なりに組織を活性化させられると思う。

ぐいぐいと引っ張っていくリーダーシップもあるけど、方向性をしっかり定めて、大きな部分での意思決定だけを担うリーダーシップもある。
それは個人の個性だし、自分に合う方にすればいい。私なんかはどちらかといえば後者。

ただ、自分がたくさんの意思決定をして、自分自身が何でもやるというのはあまり得策ではない。自分自身は楽しいかもしれないし、そうやってがんばってる自分が好きって人もいるだろうけど、周りの人のすることは、作業のレベルの者だけになって、モチベーションは下がる。

お金が発生しないってことは、自由にやれるけど責任も少なくなるから、モチベーションがダイレクトに組織の活性度に響いてくる。
ある種、お金のような目に見える形での報酬はないわけだから、そういう部分を大事にしないとなかなか継続的に進めることはできない。

NPOとかが「うまくいかないからビジネススキームを持ち込もう」ってしてるところの、フレームワークを理解してるとかそういうこと以前に、「ビジネス感覚を持ち込もう」って意識するだけでも十分違うのではないかなと思ったりした。
もちろん、NPOが日本でうまく行ってないのには、こんなこと以外にも色々理由があるのは知ってるけど。

現在進行形な活動の中で、次回の打ち合わせでどういう形で反映させられるかはもう少し考えるとして、やっぱりこういうところは意識したいって思う。


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2011.09.13.Tue 年を重ねるほど人生は面白くなるような気がする

 小さい頃の夢は、だいたい「個」で勝負してるような職業ばかり。基本的には昔も今も変わらずおとなしい子だったので、どうしてそういうものを志向していたのかは分からない。

中学生とか、高校生になるとさすがにそれじゃ食べていけないとか、親に迷惑かかるしと考え始めて、夢は凋んでいくかのように見えた。

今してる仕事は、言ってしまえばサラリーマンなわけで、小学生の時に描いてた夢とは全然違う生活をしている。

でも、それは全然ネガティブには捉えてないし、ずっと思っていた「サラリーマンって会社と家を行き来するだけの生活でしょ」とは違うなっていうのが実感としてある。
私自身は、今これといって何かに打ち込んでるわけでもないので、ステレオタイプなサラリーマンかもしれないけど、周りの友達見てると全然そんなんじゃない人が結構いる。
悔しいくらい面白い生き方をしていると思う。

ちょっと社会に出るのが遅くなった分、友達は社会人としては先輩だったりして、そういう人を見ながら社会人になるのも悪くないなと思えたのは私にとっては幸せだった。

それも、ベンチャーとかフリーで仕事してる人=自由人で、大企業≠自由人って訳でもなく、大企業にいたって、面白い生き方をしてる人はいるんだなと思えたのは大きい。
自由に生きてるよって人も案外、大企業に入ってしまえば面白くなくなるみたいなふうに見てたりして、私としてはそれはちょっと違うんじゃないかなって思う。
時間的な制約は確かに相対的には大企業のほうがあるんだろうけど、それでも面白い人間は面白い。

世の中には本当に色んな人がいると思う。それが分かれば、今自分がいる環境でもできることはいっぱい転がってるし、面白い人生にだってなる。
今の私は、小学生の頃よりたくさんの仕事が世界中にあることを知ってるし、興味の幅も広がっている。そんな中で、やりたいことは昔以上に増えてる気がする。

大人になったらつまらなくなるのかなと思ってたけど、蓋を開けてみるともっと面白い世界が広がっていて、面白い友達が増えていて。まあ、まだぺーぺーに違いなくて、「年を重ねる」ってほどのことが語れる年じゃないんだけど。
夢は昔より大きくなってきたし、昔より大きな夢なのに、もしかしたら叶えられるんじゃないかって気がしてくる。こう考えられるようになってきたのは、そういう面白い友達のおかげ。

そんなわけで、そろそろ色々なことのために動きださなきゃなと思う次第です。


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